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《一緒に”好き”に会いにいこう|1人目|写真家・山田真優美さん》カメラという助手と、何気ない”好き”に出会う日々

  “好き”に会いにいこうーー。まちなかの道沿いの看板に描かれているこの言葉は、石巻マンガロードの新しい合言葉だ。まちを歩けば、キャラクターモニュメントをはじめ、“好き”に出会える楽しさがここにはある。けれど、まだまだ知られていない魅力もこのまちにはたくさんあるはず。そこで、石巻に暮らす人々に、石巻に住んでいるからこそ見つけた “好き”なものを教えてもらうことにした。その1人目として、看板の撮影を担当した写真家の山田真優美さんの“好き”に会いにいく。

 目 次
 ・好きなもの:石巻に導いてくれた「石巻こけし」
 ・好きな場所:心安らぐひとときがある純喫茶「加非館」
 ・好きな風景:大切な場所に変わる「何気ない街角」
 ・“好き”に会うために来た石巻

好きなもの:石巻に導いてくれた「石巻こけし」

「石巻に縁もゆかりもなかった私が、今こうして石巻にいるのは、この『石巻こけし』と出会ったからなんです」
 そう語る山田さんの手の中では、トリコロールカラーに魚模様をあしらった小さなこけしが愛らしく微笑みかける。石巻市立町にあった呉服屋の若旦那・林貴俊さんが震災後に生み出したこのこけしは、定番の魚模様だけでなく、タコやスイーツ、鬼やアフロなど、モチーフは実に様々。今や人気の石巻土産となっているだけでなく、全国区のドラマや映画のセットの小道具にも採用されるなど、広く知られる存在となっている。

定番をはじめ、様々なモチーフがある「石巻こけし」

 そんな「石巻こけし」と山田さんが出会ったのは、まだまだ知る人の少なかった2017年のこと。しかも、その場所は石巻ではなく、山田さんが故郷の香川県を離れて暮らしていた東京でのことだった。出会いは、ホテル雅叙園東京で開催された「和のあかり×百段階段展」。会場内の多くの作家による展示の中で、一風変わったこけしたちに釘付けになった。
「こけしって、こんなに自由な表現ができるんだ」。
 新鮮な驚きのままに調べてみると、石巻こけしのアトリエである「Tree Tree Ishinomaki」では、ちょうど「ブランドマネージャー」の求人を募集しており、山田さんはこけしが気になるあまり思い切って応募したという。そこからはとんとん拍子で話が進み、気が付けば出会いからわずか半年後には石巻に移住。「あれから6年が経った今でも、周りからは『こけし移住』って言われるんです」と笑う。

立町商店街から日和が丘に移転した現在のTree Tree Ishinomakiの工房

 「Tree Tree Ishinomaki」で働き始めてからは、1本の木材からこけしが形づくられる様子や、気に入ったこけしを手に取るお客さんの姿、絵付け体験に訪れる人々の嬉しそうな表情を目の当たりにし、愛着は一層深まっていった。「私も何度か絵付けに挑戦してみたんですが、微笑みかけるようなこけしの柔らかい表情を描くのが本当に難しくて」。そうした作家の技術のすごさも身近にいるからこそ感じることができた。

遊び心に溢れたユニークな石巻こけしたち

 山田さんの1番のお気に入りは、猫の頭巾を被った「猫かぶり」シリーズ。「リアルな猫がこけしの頭に噛み付いている、シュールなデザインがなんとも言えなくて」。その他にも、頭にタコが乗った「ニョキポコタコ乗せ」シリーズや、マスクの形をしたこけしの中に小さなこけしが入っている「マトリョースク」シリーズなど、遊び心が溢れ、クスリと笑える可愛らしいこけしたちには、それぞれに多くのファンがいる。
 山田さんが退職した後も作家の林さんとの交流は続いており、最近ではおにぎりが大好きな山田さんが、「おにぎりがモチーフのこけしがあったら、絶対可愛いと思うんです」と伝えたことがきっかけとなり、新たに「こけしおむすび」も誕生。「大好きなもの同士の念願のコラボ」と喜ぶ山田さんの表情は「石巻こけし」と重なるようでもあった。


好きなお店:心安らぐひとときがある純喫茶「加非館」

 石巻のまちなかを通るアイトピア通り、その道沿いにある細い階段を上り、扉を開けると、時間がゆっくりになったかのような心落ち着く空間が広がる。木の温もり溢れる内装と革のソファがよく似合うシックな店内には、コーヒーの香りが漂い、訪れた人たちが思い思いのひとときを過ごしている。
 1974年のオープン以来愛され続けている喫茶店「加非館」。店は、切り盛りしていたご夫婦の体力的な理由で一時閉店するも、常連客が再オープンし、現在もかつてと変わらない姿で営業を続けている。

ゆっくりとした時間が流れる「加非館」の店内

 山田さんが初めて「加非館」を訪れたのは、石巻に移住してほどない頃。実家が喫茶店だったこともあり、元々カフェや喫茶店が好きだった山田さんは、「当時はまだ石巻に知り合いも少なくて」と心細さを感じる中、ちょっとした安らぎを求めるように1人で店の扉を開けた。中で待っていたのは、そんな不安を優しく包み込んでくれるような穏やかな空間。何度か通ううちに、窓際の席が山田さんのお気に入りの場所になった。
 「私がよく頼むのは、ロイヤルミルクティーと昔ながらのホットケーキ。シンプルで、以前から変わらないこの味が好きなんです」。メニュー表には、コーヒーやフルーツの生ジュース、トーストやケーキセット、バニラアイスクリームなど、魅力的な商品が並び、常連客の誰もが自分なりのお気に入りを決めている。

お気に入りの窓際の席で過ごす山田さん

 「加非館」に通うようになって数年が経った頃からは、元店主のご夫婦から相談を受けてお店を手伝うようになり、店主が変わった現在も定期的にお店に立っている。大好きなホットケーキもいざ作る側になると、「レシピも作り方もシンプルなのに、焦がしてしまったり、大きくなりすぎたりしちゃって」と山田さん。“変わらない味”を再現するために、いつだって丁寧に焼き上げている。

山田さんが元店主のご夫婦にプレゼントしたフォトブック

 店内の一角、懐かしのダイヤル式電話のそばの本棚には、山田さんが元店主のご夫婦に感謝の想いを込めてプレゼントしたフォトブックが飾られている。本を開くとそこには、山田さんの温かな眼差しで切り撮られた「加非館」の写真の数々。「常連客として、そして時々お手伝いする店員として、ずっと愛され続けてきたこのお店の魅力をこれからも届けていければ」。かつて自身が撮影した大切な場所の写真に目を落とし、そしてやはり変わることのない大切な空間を見渡して、そんな想いを噛み締める。


好きな景色:大切な場所に変わる「何気ない街角」

 カメラを提げた山田さんは、まちなかの一見何もない場所で何度も足を止める。
 「建物に映る影やまちを歩く人の姿といった、何気ない場所にある何気ない一瞬が好きなんです」。山田さんはそう言って歩き出した後、再び立ち止まると、今度はどこにでもあるような草むらに人知れず咲いている一輪の花にカメラを向ける。「シャッターを切るたびに、何気ない場所が、思い出の場所に変わっていくような気がして」。どこにでもあるような街角も、山田さんの目には、ここにしかない大切なものに映っている。

一輪の花を見つけてレンズを向ける山田さん

 そんな山田さんがついつい探してしまうのは、まちのいたる所で顔を覗かせる野良猫たちの姿。「まちなかでは、いろいろな場所で猫の姿を見かけますよね。『あ!猫だ!』って思うだけで、ほっこりした気持ちになります」。

まちのいたる所で野良猫たちが顔を覗かせる(山田さん撮影)

 そうして猫にカメラを向けていると、通りかかった地域住民の方から「小さくて黒いのがちいくろ、三毛猫がみけ、茶色がちゃこっていう名前なんですよ」と声を掛けられる。山田さんは「ちいくろ、みけ、ちゃこ」と復唱しながらメモを取り、「今度見かけたら、名前を呼んでみます」と笑顔で言葉を交わした。

山田さんに写真を撮られて猫もどこか嬉しそう

 日が沈み、暗くなり始めると、石巻のまちなかは夜の町へと変わる。「夜の石巻では、スナック巡り……ではなくて、スナック看板巡りをするのが好きなんです」。大通りから外れた飲み屋が立ち並ぶ通りを歩くと、街灯の少ない夜道にスナックのネオン看板が色とりどりに輝き始めていた。

夜になると色とりどりに輝くスナックのネオン看板(山田さん撮影)

 スナック看板巡りの醍醐味は、変わった名前のスナック探し。これまで撮影した写真には、「言の葉」「熟女パブごめんね」「影」「もりあげナイト」など、ユニークな名前ばかり。「なんでこの名前にしたんだろう?って考えたり、変わったデザインの看板を見つけるのが楽しいんです。飲み会ついでのスナック看板巡り、結構おすすめですよ」。山田さんが夜のまちを歩く時には、新しい看板ができていないか目を光らせながら、夜ならではの景色を楽しんでいる。


“好き”に会うために来た石巻

 「石巻こけし」との出会いをきっかけに移住した石巻。「改めて考えてみると、私はまさに、“好き”に会うために石巻に来たのかもしれないですね」と振り返る。その出会いから移住して6年以上の間に、山田さんの“好き”なものは、意識しなくても、何気ない日々を重ねる中で自然に増えていった。
 カメラを持った山田さんのそばでは、小さな一輪の花が存在感を放ち、野良猫が逃げずにこちらを見つめ、スナックのネオン看板が語りかけてくる。「私にとってはこのカメラは、“好き”なものに出会うための助手のような存在なんです」。そう言って何度も立ち止まる山田さんの歩みは、“好き”との出会いの分だけゆっくりで、その分だけ楽しそうに見えた。


WRITTEN by 口笛書店
2019年6月、宮城県石巻市に生まれた出版社。石巻に在る出版社だから作れる本、口笛書店だから出せる本というものはなんなのか。時間をかけて模索していきながら出版活動を行っていきます。地元での出版活動のほか、関東を中心に書籍の執筆編集、ウェブコンテンツの企画編集、広告、コピーライトなど、言葉を取り巻くクリエイティブコンテンツの制作も手掛けています。
公式HP|口笛書店

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