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《一緒に“好き”に会いにいこう|2人目|料理人・阿部司さん》石巻で過ごした時間の分だけ増え続けてきた、たくさんの“好き”

 “好き”に会いにいこうーー。石巻マンガロードの新しい合言葉にちなんで、石巻に暮らす方々に、石巻に住んでいるからこそ見つけた “好き”なものを教えてもらうこの企画。その2人目として、大正3年の創業以来、地域内外の多くの人々に愛され続ける地元の老舗割烹「滝川」の4代目店主・阿部司さんの“好き”に会いにいく。

 目 次
 ・好きな場所:特別な思い出と出会いが詰まった「中瀬」
 ・好きな食べ物:疲れた夜はCiel etoileの「ゴルゴンゾーラクリームパスタ」
 ・好きな人:いつも明るい「いしのまき元気いちばのお姉さん」
 ・石巻は、見つけた“好き”を伝え合えるまち

好きな場所:特別な思い出と出会いが詰まった「中瀬」

 石巻の中心市街地のすぐそば、近年新たに架けられた西中瀬橋を渡ると、北上川に浮かぶ「中瀬」に辿り着く。小さな島のようなこの場所には、今や石巻のシンボルの一つとも言える「石ノ森萬画館」が建ち、萬画館に隣接するように広々と開放感あふれる中瀬公園が整備されている。

西中瀬橋を渡る際に見える中瀬の風景

 幼少期を隣町の女川町で過ごした司さんにとって、石巻は「なかなか連れてきてもらえない憧れのまちだった」と言い、「その中でも中瀬は、特別な思い出が詰まった場所なんです」としみじみと目を細める。
 なぜなら、司さんの石巻にまつわる最も古い思い出は、この中瀬に震災時まであった映画館「岡田劇場」で石ノ森章太郎原作の映画『サイボーグ009』を観たこと。「当時、小学校低学年だった私にとって、それが生まれて初めての映画館。なので、とても強く記憶に残っているんです」。今でも石巻マンガロードで『サイボーグ009』のモニュメントを見かけるたびに、スクリーンの大画面をキャラクターが駆け回っていた当時の迫力が鮮明に蘇ってくる。

幼少期からの思い出を振り返りながら中瀬を巡る司さん

 結婚を機に女川から石巻に移住した司さん。そこで、幼少期以来に岡田劇場を訪れると、時代の流れの中で経営が難しくなっている現状を知った。司さんにとってそうであったように、石巻の人々にとっても岡田劇場はかけがえのない思い出の場所。市民の間では、その「思い出の場所」をどうにか支えようと「岡田劇場がんばれ会」が立ち上がり、司さんも上映会の手伝いや、その他の団体でもまちおこしのイベントに携わるようになっていった。 「先輩たちと一緒に、この中瀬で灯篭祭りや、魚の掴み取り体験なども企画しました。B級グルメのイベントを開催した時には、『中瀬が沈むんじゃないか』という冗談が交わされるほどたくさんの人が押し寄せたんですよ」。震災後の復旧・復興を経て、以前とは姿を変えながらも、新たな憩いの場となりつつある中瀬を歩きながら、そうした日々がありありと思い出されていく。

中瀬公園では家族との新しい思い出も育んできた

 司さんにとって幼い頃からの「特別な場所」だった中瀬。以前とは姿は変わったものの、司さんは震災後の中瀬で、子どもたちと一緒に釣りをしたり、広場でバスケットボールの練習をしたりするなど、家族との新しい思い出も育んできた。今でもランニングの際には中瀬を訪れて、気持ちの良い朝日を全身に浴びながら新しい1日をスタートさせる。 「私にとって中瀬は、石巻というまちを教えてくれた場所。川に囲まれて、山もまちも見渡せる石巻の中心地とも言えるこの場所から、また新しい何かを生み出していけたら」。海も川も山々も、さらには幼い頃の記憶も、家族との思い出も、そして仲間たちとの出会いも。中瀬は司さんにとって今も昔も変わらずに、大切なものを見渡せる特別な場所になっている。

好きな食べ物:疲れた夜はCiel etoileの「ゴルゴンゾーラクリームパスタ」

 石巻市中央のアイトピア通りから北上川沿いへと続く松川横丁にある複合施設「COMICHI石巻」の1階に、シェフの西條貴章さんと妻の順子さんが切り盛りする「Ciel etoile(シエルエトワレ)」という洋食店がある。

松川横丁の複合施設「COMICHI石巻」にあるCiel etoile(シエルエトワレ)

 「どのメニューも美味しいんですが、私が特に好きなのは、ディナーメニューのゴルゴンゾーラクリームパスタ。仕事終わりに食べると、不思議と疲れが吹き飛ぶんです」。司さんはそう、お気に入りの一品を教えてくれる。

Ciel etoile(シエルエトワレ)のゴルゴンゾーラクリームパスタ

 クリームたっぷりの濃厚なチーズの味わいが楽しめるこのゴルゴンゾーラクリームパスタ。数人で訪れる際には、ピザやアラカルトなどと一緒に注文し、お酒を嗜みながらみんなで分け合って食べるのがおすすめだそうだが、司さんはあまりの美味しさに「一人で1皿を全部食べたい」とこのメニューを目掛けて来店することもあるほどで、「この1皿をつまみにワインを飲むのがすっかり定番になってしまいました」と小さな秘密を打ち明けるように語る。

料理だけはもちろん、西條さんとの談笑も楽しみの一つ

 シエルエトワレでは、地元食材を中心とした季節のコース料理が定番メニューで、ディナー営業やキッチンカーでのイベント出店に加えて、現在はハンバーグやオムライスなどを提供するランチ営業も行っている。
 そうした多忙な中でも、「シェフの西條くんのパスタはいつ食べてもきっちり同じ味に仕上がっているからすごいんですよ」と司さん。自身も料理人で、常に変わらない味に仕上げることの難しさを身に沁みて分かっているからこそ、「私にとってシエルエトワレは、一人の客として料理を楽しみながらも、一方で料理人仲間である西條くんの姿から刺激を受けられる貴重なお店なんです」と、料理を食べるたびに、西條さんの技術への尊敬の気持ちが湧き、同時に自らの仕事に対する活力を得ている。
 また、司さんは「西條くんは素材にこだわりを持ちながら、仕事も繊細で誠実。それでいて多くを語らずに、さりげなく料理を提供する謙虚さが私は好きなんです」と、料理人としての西條さんの人柄にもまた魅了されている。

互いに料理人として尊敬し合う西條さんと司さん

好きな人:いつも明るい「いしのまき元気いちばのお姉さん」

 「滝川さん、いらっしゃい! 元気にしてた?」。 石巻の旬の鮮魚や水産加工品、地元の物産品などを取り揃え、地元住民や観光客に人気の「いしのまき元気いちば」を司さんが訪れると、お店の店員さんたちが気さくに声をかけてくれる。「元気いちばに行くと、その名の通り元気がもらえるんですよ」。司さんが頻繁に元気いちばを訪れるのは、その利便性はもちろんながら、元気いちばで働いている皆さんがいつでも明るく出迎えてくれるからこそ。司さんにとって元気いちばは、直産野菜や鮮魚やお惣菜だけでなく、手土産を購入する際など、日常的に利用するお店の一つだ。

観光客だけでなく、地元の人々にも親しまれている「いしのまき元気いちば」

 中でも、獲れたての鮮魚やお刺身を販売する「三政商店」の皆さんとは大の仲良し。売り場のお姉さんたちと司さんの間には、店員とお客さんという関係を越えたつながりが生まれている。

冬のご馳走「どんこ」を紹介する三政商店の店員さん

 売り場に並ぶ水揚げされたばかりの新鮮な魚を前に、旬の魚やおすすめの調理法などを店員さんと話しながら買い物をする。「皆さん、ただ物を売っているだけではなく、丁寧な接客でしっかりと魅力を伝えてくれるんです。それに、いつ行っても楽しそうに働いているのが素敵で」とにっこり。売り場を一通り見て回るだけで、石巻で今獲れる魚がひと目で分かるのも魅力であり、「まさに魚市場の縮図みたいなお店ですよね」と眩しく輝く魚を手に取った。

元気いちばに並ぶ魚はどれも新鮮でお手頃

 売り場の横のガラス越しに、仕入れたての魚を鮮やかな手つきで捌く様子を見ることができるのも意外と知られていない楽しみの一つ。その他にも、牡蠣やアワビ、ホヤなどを扱う「ヤマサ正栄水産」や、物販コーナーで働く人々も石巻の特産品に詳しく、その一つひとつに愛情を持っていることが伝わってくる。「ぜひ、元気いちばを訪れた時には、店員さんに気軽に話しかけてみてほしいです。特産品だけではなく、石巻の人々の暖かさも知ることができるお店ですから」。

調理場から元気に手を振る三政商店の店員さん

石巻は、見つけた“好き”を伝え合えるまち

 「サイクリングコース、自然スポット、飲食店やスナック、関わってきた人々…。石巻の“好き”なものは、本当はもっともっとたくさんあるんです」。石巻に住み始めて26年目を迎えた司さんの中では、これまでたくさんの人と出会い、様々なまちの魅力を見聞きしてきた時間の分だけ、石巻の“好き”なものが一つひとつ増えてきた。

 「石巻には、まちの中に“好き”なものを見つけて、その良さを引き出そうとする人がたくさんいますよね」。古くからの魅力を大切にする人。新しい視点を持って、「石巻のここが好き」と飛び込んでくる人。そんな多様な人が混ざり合いながら、たくさんの“好き”がそれぞれの人の中に生まれていく石巻はもしかしたら、この場所にある素材を生かし、組み合わせ、より魅力的に仕上げる料理にも、どこか似ているのかもしれない。

本記事で紹介したお店の情報はこちら
Ciel etoile(シエルエトワレ)
いしのまき元気いちば
割烹 滝川


WRITTEN by 口笛書店
2019年6月、宮城県石巻市に生まれた出版社。石巻に在る出版社だから作れる本、口笛書店だから出せる本というものはなんなのか。時間をかけて模索していきながら出版活動を行っていきます。地元での出版活動のほか、関東を中心に書籍の執筆編集、ウェブコンテンツの企画編集、広告、コピーライトなど、言葉を取り巻くクリエイティブコンテンツの制作も手掛けています。
公式HP|口笛書店

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